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広島地方裁判所 昭和39年(ヨ)94号 判決 1964年5月06日

債権者 山本スマヨ

<外二一名>

右二二名代理人弁護士 鈴木紀男

同 鎌杉寛之

同 武子暠文

同 藤原修身

同 古川太三郎

債務者 庄原市

右代表者市長 三上唯雄

右代理人弁護士 桑原五郎

主文

債務者は、債権者等に対して支払うべき昭和三九年五月一五日以降の給与から別表(二)欄記載の金員を差し引いてはならない。

訴訟費用は、債務者の負担とする。

事実

債権者等代理人は、主文同旨の裁判を求め、その申請の理由を次のとおり述べた。

「一、債権者等は、いずれも庄原市教育委員会の職員で、それぞれ、同市内の各小学校において学校給食調理の勤務に従事しているものであり、その給与は、債務者から毎月一五日に支給されている。

二、債務者は、債権者等に対し、昭和三九年二月八日付書面をもつて、同年三月二〇日に支給される期末勤勉手当および同年二月分以降の月々の給与からそれぞれ一、二〇〇円づつを別表(ハ)欄記載の金額に達するまで控除する旨通告するとともに、実際に債権者等の同年二月、三月分の各給与および三月分の期末勤勉手当から併せてそれぞれ二、九〇〇円を(但し二月分の給与からは、瀬野シゲ子については九〇〇円を控除し、藤本栄代については控除しなかった)、四月分の給与からはそれぞれ五〇〇円づつを控除したので、同年五月一五日支給の五月分以降の給与からもそれぞれ五〇〇円づつ別表(ニ)欄記載の金額に達するまで控除することは明らかである。しかしながら、債務者の右の措置は、何等法令の根拠なく、賃金全額払を定めた労働基準法第二四条第一項に違反するものである。

三、債権者等は、各給与債権に基づき、右の給与控除につき債務者を被告として本案訴訟を提起すべく準備中であるが、債務者の右の措置は重大且つ明白な違法行為であるばかりでなく、もともと低額の賃金しか得ていない債権者等としては、債務者の給与控除によつて、生活上著しい損害を蒙り、とうてい本案判決の確定を待つてはおれないので、本件仮処分申請に及んだものである。

なお、債務者主張の抗弁事実は否認する。」

債務者代理人は、「本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は、債権者等の負担とする」との裁判を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

「債権者等主張の事実中、第一項および第二項の事実は認める。

第三項は否認する。

債務者が前記の給与控除をなしたのは、次の理由によるものである。すなわち債務者が昭和三八年六月債権者等に支給した別表(イ)欄記載の期末勤勉手当は、同人等が臨時職員であつた期間を誤つて通算したため、債権者等に対して正当に支給すべき別表(ロ)欄記載の金額に対し過払いとなつており、債務者は、その差額につき、債権者等に対し不当利得返還請求権を有しているのであるから、右不当利得返還請求権をもつて債権者等の賃金債権と相殺しようとするものである。労働基準法第二四条第一項は、本件のような賃金の過払いによる不当利得返還請求権とその後の賃金債権との相殺まで禁止したものではない。右の相殺は、労働基準法第一七条、民法第五一〇条所定の各場合にあてはまらないばかりか、債務の性質が相殺を許さぬものでもなく、他にその相殺を禁止した規定もない。実際面よりしても、右の相殺が許されないと解すれば、結局、確定判決等の債務名義を得て強制執行にうつたえ、競売代金等から取立てる以外に途がないことになり、かえつて労働者の不利益を招来することとなる。

かようなわけで、債務者の右の措置は何等違法ではない。それにも拘らず、これと異る主張に基づく債権者等の本件仮処分申請は、理由がないから却下されるべきものである。」

疏明≪省略≫

理由

申請人主張の事実中、第一項、第二項の事実については当事者間に争いがない。

そこで、昭和三八年六月の期末勤勉手当から差し引かるべき過払い分があるか否かの点はしばらくおき、仮に債務者主張のとおり過払い分があるとした場合、右の控除が労働基準法第二四条第一項に違反するかどうかについて判断する。

労働基準法第二四条第一項によれば、賃金は、原則としてその全額を支払わなければならず、ただ、法令若しくは労働協約等に別段の定めのある場合にのみ、賃金の一部を控除して支払うことが許されているに過ぎない。右の規定は、労働者の生活保障のため、賃金の現実の履行を確保することを目的としているものであるから、労働者に対する損害賠償債権を自働債権として賃金債権との相殺をなし得ないものであることは、既に判例(最高裁、昭和三六、五、三一、大法廷判決)の示すところであるが、右の規定は、労働者に対する不当利得返還請求権を自働債権として賃金債権と相殺をなすことをも原則として禁止したものと解するを相当する。従つて、法令若しくは労働協約等に基づき特段の事情の認められない本件では、債務者の前記控除は労働基準法第二四条第一項の規定に違反し、許されないものといわねばならない。

前記のとおり、すでに債務者の右控除が許されないものである以上、特別の事情のない限り、債権者等の給与債権保全のため、債務者の右控除禁止の仮処分の必要性があるものというべく、かような場合には、債権者等の資力のみによつては必要性がないとはいえず、本件各証拠によつても格別反対の事情は認められない。

よつて債権者等の本件仮処分申請は、理由があるから、主文第一項同旨の仮処分をなすのを相当と認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田博司 裁判官 浜田治 高橋水枝)

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